細川氏インタビュー②
<アメリカでの学校運動部における安全面について>
Q:現在、アメリカの学校にはどれくらいのアスレティックトレーナーが配置されているのでしょうか?
A:KSIの調査(※)によって、全米の公立高校の70%は何らかのアスレティックトレーニングサービスにアクセスがあるということが分かりました。これにはフルタイム、パートタイム、派遣など、様々な雇用体系が含まれています。生徒数で比較してみると、アメリカの公立高校に通う学生の86%はアスレティックトレーニングサービスにアクセスがあるということも分かりました。
※Collaboration for Athletic Training Coverage at High schools: an Ongoing National survey (CATCH-ON) ではKSIスタッフと学生らが全米の高校に電話をし、アスレティックトレーナーの普及率の実態調査を行ないました。
Q:私立の学校より公立の学校の方がトレーナーの配置、という面では徹底されているのにびっくりしたのですが?
A:そうですね。公立の学校ですと、州で定められた決まりが適用されるので、州で学校に一人必ずアスレティックトレーナーをつけなさい、とか、試合の時には配置しなさい、といったことが決定されると、近隣のクリニックからトレーナーを派遣させる、など、公立の学校ではその決まりに準じないといけませんから、公立の方がその点では徹底されています。
私が以前いたアーカンソー州では、医療従事者であるアスレティックトレーナー、もしくは救命救急士がいないと、毎週金曜日のアメフトの試合は行ってはいけない、という決まりがありました。州の法律として定められたので、学校も必ず守らなければいけないのです。
Q:高校ではだいぶアスレティックトレーナーの配置が徹底されてきているようですが、中学校ではいかがですか?
A:中学校ではまだまだだと思いますが、公立の学校では地域での繫がりが強くあるようで、高校に配属されているトレーナーが、中学のスポーツの試合も少し見る、とか、選手でケガをしてリハビリが必要、という場合はその高校でサポートしているトレーナーがいるクリニックでその中学生をみる、というようなことはあるようです。
地域全体でアスレティックトレーナーを雇う、ということもあります。
Q:アメリカではコーチ、日本でいう顧問、には何かライセンスのようなものは義務づけられていますか?
A:学校スポーツ(公立)の場合、コーチらは所属するリーグにコーチ登録しなければなりません。その際に、AED/CPRライセンスの義務づけや、脳しんとうに関するワークショップあるいはコースの修了をしないと登録完了できないようにしている州が増えてきています。州によって制度が異なるため、現在その一元化に向けて活動をしております。
ただし、私立の学校にはばらつきがあります。
Q:公立と私立で対応が異ならないように、例えばその競技を管轄する団体がコーチの資格制度について整備をしていく、というような流れはありますか?
A:はい、現在USAフットボールという団体とKSIが共同で取り組んでいるのですが、最新の科学や安全に関しての知識があるコーチを育てようとしています。ただ、こちらは学校スポーツ、というよりも、クラブチーム、日本でいう少年団のようなチームにおけるコーチを主に対象としています。
Q:どの団体(そして誰)がリーダーシップをとってスポーツの安全を築いていくのか、というのは難しい点ではありませんか?
A:おっしゃる通りです。KSIも大切な情報をどこに届ければ、一番に広がっていくのか、というのはずっと模索していました。
そこで、外から正しい情報を提供すること以上に内部から正しい情報を知ろう、得よう、対応をしよう、という動きが出るようにすることが一番早いのでは?ということで、KSIではそのような方向性で取り組みを始めました。
これまでは各州において例えばアメリカンフットボールが盛んな州であったり、熱射病で亡くなった選手を多く出した州に対して改善をアプローチすることをしていたのですが、これからは、NFLとNATAのサポートを得て、各校のアスレティックディレクター、校長先生ではなく州のアスレティックディレクター代表と青少年スポーツにおける医療理事の方を全ての州から集め、計100名をNYにお呼びして、KSIがプレゼンをする、という活動を今後3年間行っていきます。
渡航費用はNFL、NATA、そしてアメリカの整形外科学会がスポンサーとなって出してくれることになりました。
そこで、例えば暑熱馴化の取り組みについてなど、州として取り組みをすでに行っている所と、そうでないところを発表し、行っていない州の代表者自らが、気づくようになってほしい、という願いを込めて、話をする予定です。
Q:一次救命や脳震とうにおけるセミナー受講などはアメリカのコーチ達に義務付けられているのでしょうか?
A:州によって異なります。脳しんとうに関しては全州が何らかの法律を定めましたが、全ての州がその中にコーチらのセミナー受講の義務づけを明記しているわけではありません。また州法は公立学校にしか適用されません。私立学校に関しては公立学校以上に制度の遅れがみられます。
Q:日米におけるスポーツ・セーフティの差、は具体的にどのようなことがあると思われますか?
A:日米どちらともスポーツセーフティに関して、「きっと大丈夫」という誤った認識(false sense of security)がありますが、アメリカの場合は昨年おきたNFL選手会による訴訟の影響をはじめ、日本よりもユースにおけるスポーツ関連事故および訴訟問題がメディアでも報道されることが多いため一般市民における関心とアウェアネスが高いように思えます。また、現場でスポーツ関連突然死や事故の予防・教育・管理・応急手当することのできるアスレティックトレーナーがアメリカでは医療従事者であるという点も大きな違いだと思います。
加えて、日本においては部活動における”責任の所在”が不明確かな、というのを感じます。アメリカで言うアスレティックディレクターのように、部活動を総括している責任者は誰なのか?という事がはっきりしていないため、何か事故が起きたとしても、部活動は顧問に基本任されていて、校長は何も知らなかった、とか、そういうことですと事故原因の解明、再発の予防、がなかなか進まないのでは?と感じます。
最終的に誰がリーダーシップをとって再発予防策を進めていくのか?というのが見えにくいな、と感じます。
Q:学校運動部がより安全になるために、キーとなる人材は学校内で誰だと思われますか?
A:アメリカでは現在全ての高校にアスレティックトレーナーを配属しよう、という目標を掲げて活動もしているのですが、日本ではまだ難しい面があると思います。
私が思うに、国内においては、「保健体育の先生」がキーとなると思っています。
全ての高校の部活動が安全に活動していく、ということであれば、保健体育の先生が救命救急からはじまり、応急手当や安全なスポーツ指導、について何らかの教育を受け、学校内における部活の責任者として安全な活動環境を整える役目を担っていってくれればいいのでは?と思います。
<スポーツ現場での安全管理について>
Q:トレーナーやドクターのいないスポーツ現場では、ケガの対応はコーチや保護者が基本対応していると思います。万が一に備えて身につけておいてほしいスキルや知識、事前に準備しておくべきことはなんでしょう?
A:CPR/AEDは絶対に身につけておいて頂きたいスキルです。チームにおける緊急時対応プラン(EAP)の作成とその共有も事前の準備としてとても重要です。
Q:その心臓震とう、の予防として少年野球では「胸部保護パット」というものも市販されていますが、その効果についてはどうお考えですか?アメリカのリトルリーグでは浸透しているのでしょうか?
A:胸部保護パッド使用による心臓震とう予防はまだ科学的には証明されておりません。子どもの安全を考えて購入する保護者を見かけることがありますが、これもまた”false sense of security”に繋がるものなので防具・装具選びやその見極めに関する教育・情報提供を保護者の方々にする必要があると思います。
Q:アメリカではスポーツ施設においてのEAP設置、はかなり浸透していますか?
A:アスレティックトレーナーを雇用しているスポーツ施設においては浸透しつつあると思います。アスレティックトレーナーがいないような施設でもEAPを設置している施設はあると思いますが、そのような場合は施設管理者がその作成・更新をしていると思うのでスポーツ関連突然死の予防に特化した内容が含まれていることはあまり期待できないと思います。
<アスレティックトレーナーというプロフェッショナルについて>
Q:アスレティックトレーナーとは、どんな知識やスキルを持った人ですか?
A:アスレティックトレーナー最大の特徴は、我々が傷害や病気の「予防」を専門しているという点にあると思います。健康なアスリートが健康な状態でスポーツし続けることができるように環境を整え、予防するというアプローチは他の医療従事者にはみられない特徴です。また、傷害の応急手当や受傷後および術後の競技復帰に関する専門知識ももち、スポーツ現場で(=その場で)迅速に対応することができるのも我々の特権だと思います。
Q:アスレティックトレーナーがスポーツ現場にいることのメリットはなんでしょう?また現場で最も必要とされるスキルは何でしょう?
A:アスリートに関わる医療従事者の中でアスレティックトレーナーが唯一選手と一緒に日頃から現場で時間を過ごすことのできる存在だと思います。そのため日々の変化にも敏感にもなれるので、本当の意味で患者にあったケアとサポート(Patient centered care)を提供することができると思います。
現場で最も必要とされるスキルはコミュニケーション力です。チームにおけるコミュニケーションのハブになる必要があります。
Q:アメリカにおいては、日本に比べてアスレティックトレーナーというのは一般の人にとっても身近な存在である、と言えますか?
A:少しずつ身近な存在になってきていると思います。CATCH-ONの結果でも分かったように今では70%の公立高校が何らかのアスレティックトレーニングサービスにアクセスがあります。一昔前だと、プロや大学のエリートアスリートのためだけの存在でしたが、近い将来、自分の子どもの学校にはアスレティックトレーナーが いないと知った保護者達が率先して学校側に「なぜ?」と尋ねるような時代がくると思います。
<部活動(スクールスポーツ)の安全について>
Q:国内においては、保護者やそして現在ではまだ指導者や顧問の方も、「スポーツ現場で重大な事故はめったに起こらない」と思っている方もまだ多いのかな、と感じます。日米の学校における部活動での危機管理意識、という視点でお話を伺わせてください。
A:日本の学校における部活動での危機管理意識はまだまだ乏しいと思いますが、安全全般(例えば避難訓練など)に関しては高い意識をもっていると思います。しかしながらアメリカと比べるとスポーツ科学、スポーツ医学、およびアスレティックトレーニングの歴史が浅いため、スポーツの観点からみた安全制度に対して専門知識をもっている人材(例:アスレティックトレーナー)の絶対数がまだ少ない現状があります。そのためスポーツセーフティというコンセプトの普及にはもう少し時間がかかるのではないか、と思っております。日本において一番学校のスポーツ現場に近く、運動や身体についての専門教育を受けているのは体育教員の方々だと思うので、体育教育の方面からスポーツセーフティの啓蒙・教育・普及活動を進めていくのも今後日本が進む方向の一つかもしれません。
ちなみに、 アメリカでも「きっと大丈夫」と思っている方はたくさんいます(false sense of security)。アメリカでスポーツセーフティにスポットライトが当たるようになったのもここ数年の話であり、それまでには(そして今でも)防げたはずの”事故”で命を落としてしまったユースアスリートはたくさんいます。アメリカでも近隣あるいは自らの州や都市でスポーツ関連突然死が起こるまで 危機管理意識が乏しいのが現状です。とはいえ、実際の死をうけて、州法や制度の改善の検討を前向きに進めている州が増えてきているので、アメリカではこれからスポーツセーフティに関するアウェアネスがこれからどんどん加速していくと思います。
Q:高校や中学の部活動をより安全に行うため、何が必要だと思われますか?小学生のジュニアレベルではいかがですか?
A:どの年齢層のチームにおいても、まずは顧問・コーチ、保護者、練習場の管理責任者がスポーツ現場をより安全にするためにできることを知り、そしてそれを実践することが必要と思います(例: AED のアクセス、学生の既往歴の調査、EAP/救急搬送プランの確認、緊急時の連絡網の確認)。
中高生であれば、コーチや顧問だけでなく本人たちがCPR/AEDの講習を受けることも効果的だと思います。
<保護者の役割>
Q:トレーナーや医師が存在しない少年団や部活動において、子どもたちの安全を確保するために保護者ができる具体的な取り組み方法や期待する役割などがあれば教えてください。
A:子どもの安全に関して疑問に思うことがあった場合(EAPがあるのか、もし練習場で誰かが倒れたとき、どのように対応するのかのプランはあるのか、等)は、それを顧問やコーチの方に伝えて下さい。またCPR/AEDの講習や携帯式のAEDの購入には経費がかかりますが、それをチームとしてサポートしていく仕組み(ファンドレイザー、会費、etc) を作るのも 子ども達の安全を確保するために保護者ができることだと思います。
Q:子どものスポーツ参加における親の重要な役割とは何だと思われますか?
A:あくまで子どもが主人公のスポーツ経験ができるように環境を整えてあげることだと思います。それはレベルに関係なく、チームが勝利至上主義であっても、レクリエーションであっても重要なことだと思います。
最後に、スポーツペアレンツのみなさまへメッセージをお願いします。
スポーツセーフティの要は事前の準備と予防です。
まずはお子さんが所属されているスポーツチームや部活が緊急時においてどのような対応プランをもっているのか調べてみることから始まると思います。
まずは気づくこと、現状を知ることから始まる予防なので、お子さんのチームでスポーツセーフティに関する話し合いを始めてみて下さい。
細川さん、たくさんのお話をありがとうございました!アメリカでのご活躍を心より応援しております!