専門家インタビュー
名古屋大学大学院 教育発達科学研究科 准教授
学校リスク研究所 管理者 内田 良先生(1)
* * 内田先生 ご紹介 * *
名古屋大学 大学院 教育発達科学研究科 准教授
学校リスク研究所 管理者
ご専門は 教育社会学
2013年 柔道における事故データの検証や被害者家族の取材などをまとめた 「柔道事故」 を執筆、刊行された
<学校リスク研究所について:HPより転記>
学校リスク研究所(RIRIS: Research Institute for Risk In School)は,学校リスクに関する情報を提供するサイトです。
*「学校リスク」とは,「学校管理下において子どもが遭遇する事故や事件の総称」をいいます。
*「学校管理下」には,子どもたちが学校に居る時間だけでなく,登下校の時間も含まれています。
これまで「学校安全」の取り組みや研究において,学校における事故・事件をその具体的な発生件数や発生確率にまで迫って分析しようという試みは,まったくといっていいほどなされてきませんでした。むしろ,一つの目立つ事故・事件に対して,私たちは衝動的に反応し,対策を講じてきたのです。
そして,そこにはしばしば多くの資源(ヒト・モノ・カネ)が投じられてきました。そうした資源配分は,はたして安全確保に効果的につながっていくのでしょうか。学校管理下において子どもたちが出遭うリスクは無限にあります。いっぽうそれを低減させるための資源には限りがあります。危険は無限,資源は有限という条件のなかで,私たちに求められているのは,「不安」ベースではなく「実証」ベースで学校リスクにアプローチし,実態に基づいたリスク低減策を創造することです。この方法こそが,より確かに,より効率的に子どもの命を守っていくことができるはずだと,私たちは信じています。
<きっかけと現在の活動>
Q:先生のご専門についてお聞かせください
A:教育社会学です。社会学が母体となっていて,その社会学というのは,社会の実情,とくにみんなが知らない社会の実情を描き出すことが得意な学問領域です。教育社会学では,その社会学の方法で教育を斬っていきます。
Q:先生が「学校リスク」について研究しようと思われたきっかけのようなものがあれば教えてください。
A:この10年,学校安全といえば,「不審者対策」と「耐震」が重大テーマでした。しかしながら,もっと他にもたくさん起きている事故があるのではないか,と考えたためです。
Q:現在の主な研究や活動について教えてください。
A:学校管理下における,柔道事故やラグビー事故をはじめとするスポーツ事故,さらには通学時の交通事故や,校舎からの転落事故についても調べています。
いずれも,エビデンス・ベースドの調査研究です。
Q:今最も興味のある、または先生が力を入れていることは何でしょう?
A:柔道事故については6/22に河出書房新社から『柔道事故』を刊行いたしました。現在は柔道に限らず,スポーツ事故全般を分析の対象としています。
<スポーツ事故について>
Q:学校管理下における部活動において、死亡事故が多い種目について教えてください。
A:死亡件数,死亡率ともに高いのが,柔道とラグビーです。
Q:死亡原因は何が多いですか?
A:子どもが亡くなるような大きな事故となると,やはり頭部外傷による死亡が目立ちます。柔道とラグビーはまさにそれで亡くなっています。
Q:発生率の多い年代(学年)を教えてください
A:競技によって大きく異なります。したがって,これまでスポーツ事故の研究は,各競技団体でおこなわれてきました。それらをまたぐ,競技横断研究が必要です。すると,競技によって,死亡事故の発生学年が大きく異なることが見えてきます。
たとえば,柔道では中学校と高校いずれにおいても1年生,つまり初心者が死亡事故に遭いやすいということが研究から見えてきました。具体的な数値については,拙著『柔道事故』を参照してください。
なお,ラグビーでは,学年間の差はあまりありません。
Q:障害・外傷事故、が多い種目を教えてください。
A:骨折等は,やはり柔道・ラグビーが多いです。※障害については,競技横断研究をまだ進めていないので,わかりません。
Q:これらは、予防できなかったのでしょうか?
A:柔道事故が典型で,死亡事故事例を過去からみていくと,まるでコピペじゃないかと思えるほどに,同じ事例が続いています。そこからは死亡事故の特徴がよく見えてくるのですが,そのようにして事故を分析し,対策を立てるということを怠ってきたのです。
たとえば,2010年4月まで,全柔連の医科学委員会には,頭部外傷の専門家は一人もいませんでした。つまり,柔道の専門家たちの間でさえ,柔道の頭部外傷で人が亡くなるという危機感がなかったのです。
Q:最悪の事態や重度の障害が残ってしまったケースと、助かった、もしくは軽度で済んだケースとの違いは何かありますか?
A:柔道についていうと,授業では重大事故は数少ないです。おそらくそこには,運動量の多さ,激しさ,過酷さが影響していると思います。
Q:具体的な事例について、再発予防に大切なのは情報の共有だと思うのですが、各スポーツ団体ではそのようなことは徹底されていると思われますか?
A:情報の共有は,本当に大切です。それがいまのところ,欠けています。共有どころか,見ない,隠すなど,逆方向の動きの方が目立っています。情報を表に出して,共有してはじめて,事故の特徴(典型例)が見えてきます。
さらにそれを競技横断研究にまでもっていくと,さらに再発防止として有効にはたらくと思います。
Q:部活動ではどうでしょう?部活で起こった事例について、学校内もしくは、運動部内での情報共有というのは徹底されていますか?
A:まだまだ不足しています。養護教諭を起点として,保健体育・部活動等のスポーツ時の事故情報を集約すべきです。アスレティックトレーナーのようなスポーツ科学の専門家が学校に常駐していれば話は早いと思います。
ただ現状としてはそれはまだまだ先のことでしょうから,まずは養護教諭を起点とするのがよいと考えています。
Q:顧問は指導するスポーツの競技団体での勉強会や報告会などに参加することはあるのでしょうか?
A:柔道(武道)に関しては,研修会があるようです。ただ,頭部外傷で子どもが亡くなるかもしれないという視点からの議論はまだまだ不足しています。
<具体的な外傷の対応や予防法について>
Q:スポーツ現場での安全確保、という面で最低限しておくべきことや用意しておくべきものはなんでしょうか?
A:私の関心からいうと,負傷事故情報をちゃんと集約・整理することです。そのことで,単に負傷の実情がわかるだけでなく,「意外」な発見にもたどり着けるはずです。
Q:特に先生も力を入れておられる「柔道事故」。これから柔道界は良い方向に変わっていくと思われますか?
A:柔道事故が社会問題化したことの結果でしょうか,これまで毎年3件,4件と死亡事故が続いてきましたが,2012年度は学校管理下ではゼロ件でした。
これが今後続くことを願っています。
部活動中のこれらの症例に対しての先生のご見解をお聞かせください
<突然死について、予防と対策>
A:私が扱っているスポーツ振興センターのデータでは,「突然死」が残余カテゴリのような扱いにも見えます。
「突然死」は,原因が本人の健康状況にあるかのような死因なので,児童生徒を管理する側からすると都合のよい死因として悪用しうるものでもあります。
このような理由から,今後,詳細かつ慎重な分析が必要かと思います。
ただ,死亡率だけでいうと,ラグビーがワースト1です。
<熱中症について、予防と対策>
A:気温・湿度,水分・塩分摂取への関心は高いと思いますが,肥満リスクへの視点が弱いように感じます。柔道とラグビーの死亡率がもっとも高いです。
<頭部外傷について、予防と対策>
A:柔道とラグビーの死亡率がもっとも高いです。脳振盪のガイドラインがあります。それを参照して,とりわけ競技復帰については慎重に対応してほしいです。